晴れた静かな田舎の風景

「煩いよ――。俺は今そんなものゝことを考へてゐるんぢやない。」「兵隊のラツパなんてどうでも好いわよ。――しつかりしなさいよツ――」 滝野は、周子の声など聞えぬ風でそつと口のうちで呟いた。「だが困つたことには、あのラツパでは音の調程が出来ないことだ、思ひツきり強く吹かなければ鳴らないんだからなア、練習であらうと正式であらうと、ソツ[#「ソツ」に傍点]と吹くといふ芸当が出来ないんでね。」「何云つてんのよ、馬鹿ね。それより早く郊外に越しませうよ。花なんて作るのも好いぢやないの。」「郊外もへつたくれもあるものか、ラツパを吹いて悪ければ田舎へ帰らう。」「チエツ! 田舎だつて……」「小田原以上の田舎へ引ツ込まう、何をしたつて文句の出ない処へ行きたい、そして……」「また始まつた、ふざけるのも好い加減にして下さいよ、ホツホツホ。」 周子は、笑ひ棄てゝ夕食の支度の為に立ち上つた。滝野は、晴れた静かな田舎の風景を想ひ、沁々と力を込めて、専念にあの[#「あの」に傍点]ラツパを吹くことを夢見て、近頃いつにも覚えのない爽々しい恍惚に浸つた。「お酒はどうするの?」「勿論だよ。煩いなツ。」彼は迷惑さうに顔を顰めて呟くと、再び凝つと六ヶ敷気に天井を視詰めて動かなかつた。 翌朝から、周子は毎朝三歳の子供の手を引いて、郊外へ家探しに出かけることを日課とし始めた。[#地から1字上げ](十三年九月)

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