滝野の動悸は、異様に高まつた

「ウツ。」滝野の動悸は、異様に高まつた。「斯うざつくばらんになつてから何もやらんといふのは厭味だぜ。」 滝野の傍に坐つてゐる大変に美しい芸妓が、「こちら、どうなすつたの!」と云つてポンと彼の肩を叩くと、その次に居並んでゐる稍年取つた妓《おんな》が、「能ある鷹は爪をかくすつてね。」と軽く笑ひ、するとまた、向ひ側の赤ツ面が、その言葉の追句らしいキタナイ洒落を続けて、「さては滝野君、誰かに思し召しがあるらしいぞ。」などゝ大きな口を開いて笑つた。一同はやんやと叫んで手を打つた。「濡れ衣を着せられては、出さないわけにはいくまいぜ。」「あちら、如何、糸の調子はこれでよござんすか。」「待つてましたア。」「ぢや、磯ぶしでもおやりなさいよ。」「ノー、ノー。」 そんな声が彼の周囲を矢のやうに取り囲いてゐた。発散しない酔が、彼の体中を重苦しく馳け回つた。彼の、頭は突然カツと逆上したかと思ふと、籠つてゐた酔がパツと飛び散る如くに眼が眩んだ。「よしツ、ぢや、やるぞ。」彼は、さう云つて棒のやうに突ツたつた。「いよう、奥の手/\。」「師匠は何処だ。」「ジヤツパンダンス、待つてました。」「お囃しを頼みまアす。」そんな声が絶れ/\に彼の耳を打つた。それと共に芸妓達は一勢に撥を取りあげて、寄席などで彼の聞き覚えのある手品師や丸一の場合に用はれるらしい、賑やかではあるが間のびのした調子の囃子が、節面白く合奏された。彼は、思はずふら/\と座敷の真ン中へ進み出た。 彼は、暫く其処に立ち止つた後に――つかつかと床柱の前へ進み出ると、

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