騒々しく大きな音声をのせた自動車

 その時、言葉の内容は解らないが、厭に騒々しく大きな音声をのせた自動車が、往来でピタリと止つた。 来たな! と彼女は気づいて、サツと心の構えをして立ちあがつた。「失敬な奴等だ、やれ[#「やれ」に傍点]/\と云ふから仕方がなくやつたんだ、それを笑ふとは何事だア、第一流の料理屋とは何だ、だからと思つて初めは俺だつて遠慮をしてゐたんだ、へツぽこ会社員奴! あんな芸者が何でエ!」「もうお宅に参りました、さアしつかり、つかまつて下さい。」 運転手に支へられて、滝野はよた/\と入つて来た。帽子や羽織を、駒下駄の片方なども運転助手が持つて来た。「蝉の真似をして何が悪いんだ、他に出来ないから思案の上句、一生懸命になつてやつたんだ、面白ければ笑つても好い、だけど、田舎ツぺえだと云つて嘲笑するとは何事だア、さんぴん野郎奴、同級も糞もあるものかア。」「何といふ格構でせう!」 周子は、夫のしどけない身なりを、頭から爪先まで悲し気に見極めた。「芸者遊びをするには、客の方が芸者を遊ばせてやる心意気でなければ話せねえ――とは何だ、出て来い、さア出て来い。」「家ですよ/\。家で意張つたつて何にもなりませんよツ。」 滝野は、余程飲み過してゐるらしく座敷へ上ると間もなく、その儘石地蔵のやうにごろりと倒れた。そしてセイセイと息を切らしながら「蝉だ、蝉だ。」などゝ周子には訳もわからぬことを叫んでゐた。

 その夜の同級会は、二十人近くの旧知が相会して盛会を極めた。酒が回り宴酣になつて、数名の芸者が来た。滝野は、初めから堅くなつて酒の回りも悪かつたが、芸者などが現れると一層堅くなつて、たゞピカピカと横目をつかつてゐた。芸者の歌が済むと、順番に客が歌ひ始めた。三下りを歌ひどゞいつを歌つた。滝野も一つ位ゐやりたかつたが、何も知らなかつた。それから彼等は夫々得意の隠し芸を公開した。ある男は清元の喉を聞かせ、次の男は朗々たる長唄を吟じた。大物が済むと、小唄をやる者もあり端唄をやる者もあり、また六ツヶ敷い唄を一つやり次にはワザと粗野を衒つて、終りのところでストヽンといふ結びのあるハヤリ唄を、反つて好い声で高唱したり、一寸立上つて雛妓と一処にアヤメ踊りを一節踊つたり、男二人立ち上つて、何か支那のことらしい滑稽な身振りで手真似の供ふ対話風の唄をやつたりした。「滝野君はさつきから見物してゐるばかりで何もやらんな。」一寸芸事が止絶れた時向ふ側に坐つて、景気好気に赤くなつてゐる男が彼を指摘した。

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