その晩も、また滝野は机の前で徹夜した

 斯んなに読んでも、未だ滝野は身動ぎもせずに眠つてゐるが、周子は酷い退屈を覚え、この先読み続けるのは、頼まれても厭な気がした。――あんなに業々しい態度で、夜となく昼となく机の前を離れずに考へ、そして書いたことが、斯んな馬鹿/\しい愚痴だつたか、と思ふと軽蔑の念はおろか、彼女は肚もたゝなかつた。 その晩も、また滝野は机の前で徹夜した。何とか遠廻しにからかつてやりたい気もしたが、酒を飲んで騒がれるよりは増しだつたから、周子はそつと何も知らぬ振りをしてゐた。 翌朝彼女が起きて見ると、滝野は机に突ツ伏して鼾をかいて眠つてゐた。――その周囲には、滅茶苦茶に引き裂かれた原稿紙の破片が無数に散乱してゐた。 滝野は、三時頃まで眠つて、起ると、酒を出せと命じた――。辛うじて一本の酒を飲み終る頃には、彼はもう真ツ赤になつて、大して饒舌にもならず、その儘寝床にもぐつて翌朝までこんこんと眠つた。

 滅多に手紙などの来ることのない滝野のところへ、或る朝一通の往復はがきが配達された。――××中学卒業生のうち、東京在住の者だけの同級会の案内状だつた。滝野は、返信の「出席」「欠席」といふところを、「出席」に八重丸を付け「欠席」に棒を引いて、折返し差出した。滝野は来年三十歳だが、つい此間まで両親の許に碌々として生きて来た為か、そんな用もなくて夏羽織とか夏袴とかを着用した経験がなかつた。前の年の夏などは郷里が海辺だつたので、堅い麦藁帽子を一度も冠らずに済んだ位ゐだつた、経木の帽子より他に用がなかつた。 この夏から彼は、東京に住むことになつた、母には新聞社へ務め、傍ら文学の研究に没頭してゐると称してあつた。 二ヶ月程前、或る文学雑誌のゴシツプ欄に「文壇内閣見立」といふ戯文が出たことがあつた。現代文壇の著名な文学者を夫々の大臣に見立てたものであつた。そして各々の大臣の秘書役として、大臣文学者の門を叩いてゐる文学青年のうちで最も意久地のなさゝうな一人を夫々一名宛挙げて、秘書役になぞらへて痛棒を喰はせた皮肉な見立なのであつた。滝野清一は、逓信大臣北上川栄二の秘書役に抜擢されてゐた。 その雑誌が出てから間もなく、滝野は母親から貰つた長い手紙の文中に次のやうな一節を発見した。

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