田舎なまりの語尾になる

「無論だア。」滝野は、ちよつと亢奮すると田舎なまりの語尾になるのが常だつた。「ぢや今度から、酔つた時は何をやるの? いくら口惜しくつたつて、あれより他のことは出来ないでせう!」「余計なお世話だい。」 滝野は、唇を噛んでゐた。何か他に出来ることがあるかしら? とちよつとムキになつて考へて見たが、何の思ひあたるところのある筈はなかつた。「それから、ついでだからもうひとつ頼んでおきますわ。」と周子は更に云つた。――この部屋は露路を通る人からは、すつかり見透しなのだ、暑いから閉めておくわけには行かない、お午過ぎまで寝てゐることも止めて貰ひたい、寝像もあまり好い方ぢやない、口をあいて寝てゐる時もある。肌脱ぎになる習慣も止めて貰ひたい、運動だと称して(昼間)逆立ちをやつたり、でんぐり返しをしたり、出たら目の体操をやつたりするのも止めて貰ひたい、運動をしたければ、これも法にかなつたこと、例へば鉄亜鈴、棍棒、まだその他室内で出来るいろいろの道具がある。「あれは焼けてしまつたかしら? 小田原の家に鉄亜鈴や、拳闘の手袋がありましたね、今度帰つた時探してきてあげませう。」「そんなものいらないよ。」「あなたが拳闘を習つたの!」「僕は、知らん。」と滝野は空とぼけた。六七年も前拳闘の手袋を買つた記憶は、はつきり残つてゐた。彼は、父から拳闘の話を聞いて内心軽い好奇心を持つた。だがそんなことを見る者のある前でやつて見る程の勇気はなく、父にはセヽラ笑つて置いたが、何となくその構えをやつて見たく思ひ、わざ/\東京へ出掛けてフツトボール見たいな練習用の球とそれ[#「それ」に傍点]とを買つて帰り、他の眼をぬすんで、書斎の天井から球を吊して秘かに闘つて見たり、或は夜、裏庭に忍び出て、松の木にそれを吊して晴々と闘ひを演じたこともあつた。円盤や投槍や剣術の道具を買つたのもその頃だつた。だがそのうちのどれも、一週間とは続かなかつた。彼は、相手を求める熱心さに欠けてゐたし、独りぽつちの馬鹿/\しい運動には直ぐにテレ臭さを覚えて了つたから。「東京住ひは苦しいことだな、それぢや始終袴をはいた気でゐなければならないんだね。」「田舎だつてほんとうは、あなたのやうな不行儀な人は……」

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