ろくなお客も上るまいに

「え、時々……。」お庄はニヤニヤしながら、「やっぱりね、それをしないと怒る人があるものですから。」「そんなことをしてはいけないぞえ。ろくなお客も上るまいに。金でもちっと溜ったと言うだか。」お庄は笑っていた。「お安さあのところへ時々送るという話だったじゃないかえ。」「それはそうなんですけれど、ああしておれば何だ彼だと言ってお小遣いもいりますから……。」「それじゃお前、初めの話と違うぞえ、そのくらいなら日本橋にいた方がまだしも優《まし》だ。続いて今までおればよかったに。」 お庄もそんなような気がしていないこともなかった。お酉《とり》さま前後から春へかけて、お庄は随分働かされた。一日立詰めで、夜も一時二時を過ぎなければ、火を落さないようなこともあった。脚も手も憊《くたび》れきった体を、硬い蒲団に横たえると、すぐにぐッすり寝込んだ。朝起きるとまた同じように、重い体を動かさなければならなかった。お庄は婆さんの前に坐っていると、膝やお尻の、血肉《ちにく》が醜く肥ったことが情ないようであった。「それにあすこいらはおそろしい風儀がよくないと言うじゃないかい。お前もそんなことをしていれア、一生頭があがらないぞえ。」 お庄の耳には、根強いような婆さんの声が、びしびし響いた。お庄は聞いて聞かないような振りをして、やっぱり笑っていた。そして時々涙のにじみ出る目角《めかど》を、指頭《ゆびさき》で拭《ぬぐ》っていたが、終《しま》いにそこを立って暗い段梯子の方へ行った。お庄は婆さんに何か言われるたんびに、下宿の二階で見たことなどがじきに頭に浮んだ。鬢の薄い、唇の黒赭《くろあか》いようなその顔が、見ていられなくなった。「兄さんはお二階……。」お庄は落ち着かないような調子で訊いた。

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