水天宮の晩に

     二十一

 水天宮の晩に、お鳥は奥の方へは下谷《したや》の叔母の家に行くと言って、お庄に下駄と小遣いとを借りて、裏口の方から出て行った。この女は来た時から何も持っていなかった。押入れのなかに転《ころ》がした風呂敷のなかに、寝衣《ねまき》と着換えが二、三枚に、白粉の壜《びん》があったきりで、昼間外へ出る時は傘までお庄のをさして行くくらいであったが、金が一銭もなくても買食いだけはせずにいられなかった。お鳥と一緒にいると、お庄は自分の心までが爛《ただ》れて行くように思えた。 台所ばかりを働いている田舎丸出しの越後《えちご》女は、よくお鳥に拭巾と雑巾とを混合《ごっちゃ》にされたり、奥からの洗濯物のなかに汚い物のついた腰巻きをつくねておかれたりするので、ぶつぶつ小言を言った。「お前が来てから、何だかそこいらが汚くなったようだよ。」と、内儀《かみ》さんは時々出て来てはそこいらに目を配った。「私口を捜しに行くんですから、奥へは黙っていて下さいね。どこかいいところがあったら、あなたも行かないこと。」お鳥は出て行く時お庄にも勧めた。 お庄はただ笑っていたが、この女の口を聞いていると、そうした方が、何だか安易なような気もしていた。貰いのたくさんあるようなところなら、自分の手一つで、母親一人くらいは養って行けそうにも思えた。 お庄は落ち着かないような心持で、勝手口の側《わき》の鉄の棒の嵌《はま》った出窓に凭《もた》れて路次のうちを眺めていた。するうちに外はだんだん暗くなって来た。一日曇っていた空もとうとう雨になりそうで、冷たい風は向うの家の埃《ほこり》ふかい廂間《ひさしあい》から動いて来た。

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