足のない幽霊

 足のない幽霊みたいなところがあつて、つまり、足のない一ツ目入道みたいな男だ。鉄の棒を持つてゐるが、この棒の先の方も幽霊的に足がなくて、人をポカンとなぐる。良く命中するけれども、鉄の棒の足がないから命中しても風が起るばかりで、先方はポカンとするが、目は廻さない。彼の文学の論法は、あらかたさういふものである。 ところが一方、郡山千冬といふ先生は、足の方はひどく大きな毛脛で年中ゴロ/\うるさく地球をひつかき廻して歩いてゐるが、首から上が消えてしまつて無いのである。大酒飲みだから、首がないと困るけれども、彼は臍から飲む。そしてその臍で年中うるさいほどガヤガヤゴチャ/\喋りまくつてゐるのである。 郡山千冬の声は一種独特のシャガレ声で、テキ屋の声に厚い鉛のメッキをかけて年中フイゴで吹いてゐるやうな声であるが、後楽園球場で一番響きの悪い声で国民学校一年生のやうにうるさく怒鳴つたり拍手したり落付きなく見物してゐるのがこの男だ。ところがこの男は毎日職業野球を見物してゐるだけが能かと思ふと、さうではないので、万歳も見てゐるし、安来節《やすきぶし》の小屋でカケ声をかけてゐることもあるし、浪花節でもレビューでも何でも行儀の悪い見物人ののさばるところはどこでもこの男を見かけることができて、その中で誰よりものさばつて行儀が悪い。小さい男であんまり落付なくハシャイでゐるから国民学校の子供かなと思ふけれども、やつぱり大人で、第一声がジャングルの声だ。ボルネオの子供かなと人が思つたりするので、近頃郡山が鼻ヒゲを生やしたのはそのせゐなのである。 彼は熱療法の病院を退職すると、その次には浅草の安来節の座付作者になつて、まつたくどうも、かういふところにも脚本家などの必要があつたのかネ、私は知らなかつた。威勢のいゝ姐さんのために大いに情熱を傾けて脚本を書いてやつてゐた。 そのうちに戦争が白熱してきて安来節もダメになると、経済何とか研究所、名前はすごいが社長と郡山と二人しかゐないところで、これはつまり闇屋の品物をしかるべく取ついでやる機関なのである。

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