君の役所での秩序的生活

「いつも君の方が先きへ出ているじゃあないか。何か考え込んで歩いていたね。大作の趣向を立てていたのだろう。」 木村はこう云う事を聞く度に、くすぐられるような心持がする。それでも例の晴々とした顔をして黙っている。「こないだ太陽を見たら、君の役所での秩序的生活と芸術的生活とは矛盾していて、到底調和が出来ないと云ってあったっけ。あれを見たかね。」「見た。風俗を壊乱する芸術と官吏服務規則とは調和の出来ようがないと云うのだろう。」「なるほど、風俗壊乱というような字があったね。僕はそうは取らなかった。芸術と官吏というだけに解したのだ。政治なんぞは先ず現状のままでは一時の物で、芸術は永遠の物だ。政治は一国の物で、芸術は人類の物だ。」小川は省内での饒舌家《じょうぜつか》で、木村はいつもうるさく思っているが、そんな素振《そぶり》はしないように努めている。先方は持病の起ったように、調子附いて来た。「しかし、君、ルウズウェルトの方々で遣《や》っている演説を読んでいるだろうね。あの先生が口で言っているように行けば、政治も一時だけの物ではない。一国ばかりの物ではない。あれを一層高尚にすれば、政治が大芸術になるねえ。君なんぞの理想と一致するだろうと思うが、どうかねえ。」 木村は馬鹿々々しいと思って、一寸《ちょっと》顔を蹙《しか》めたくなったのをこらえている。 そのうち停留場に来た。場末の常で、朝出て晩に帰れば、丁度満員の車にばかり乗るようになるのである。二人は赤い柱の下に、傘を並べて立っていて、車を二台も遣り過して、やっとの事で乗った。 二人共|弔皮《つりかわ》にぶら下がった。小川はまだしゃべり足りないらしい。「君。僕の芸術観はどうだね。」「僕はそんな事は考えない。」不精々々に木村が答えた。「どう思って遣っているのだね。」

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